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東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)20号 判決

原告

谷口信義

被告

右代表者法務大臣

遠藤要

被告

神奈川県

右代表者知事

長洲一二

被告

神奈川県座間渉外労務管理事務所長 本多君美

右被告三名指定代理人

高須要子

崇嶋良忠

被告国指定代理人

長谷川和男

中村信男

被告神奈川県指定代理人

青木美智男

村瀬篤史

林敬人

被告神奈川県座間渉外労務管理事務所長指定代理人

吉田紀夫

山田喜隆

主文

一  原告の被告神奈川県座間渉外労務管理事務所長に対する訴えを却下する。

二  原告の被告国及び神奈川県に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告神奈川県座間渉外労務管理事務所長は、原告に対し、職場復帰、継続就労の契約義務を履行し、解雇無効に併せて右解雇当時の原状の職務待遇の保障される職場に戻せ。

2  被告国及び同神奈川県は、連帯して、原告に対し、金一六四五万一三〇〇円及びこれに対する昭和四八年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告ら

1  被告神奈川県座間渉外労務管理事務所長(以下「被告所長」という。)

(一) 主文第一項同旨

(二) 原告と被告所長間に生じた訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告国、同神奈川県(以下「被告県」という。

(一) 主文第二項同旨

(二) 主文第三項同旨

(三) 担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  (当事者)

原告は、昭和三一年一〇月一〇日在日米軍施設に就職し、昭和四八年六月三〇日当時神奈川県座間渉外労務管理事務所(以下「労管」という。)管下の在日米陸軍司令部財政会計事務所会計部基金連用課に勤務していた。

被告国は、在日米軍に勤務する日本人従業員である原告の雇用主である。この雇用関係の法律上の根拠及び性質は次のとおりである。

日本国とアメリカ合衆国との相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下「地位協定」という。)一二条四項によれば「現地の労務に対する合衆国軍隊(中略)の需要は日本国の当局の援助を得て充足される」とされている。この規定を実施するため契約担当官によって代表されるアメリカ合衆国政府(以下「A側」という。)と防衛施設庁長官によって代表される日本国政府(以下「B側」という。)との間において基本労務契約(Master Labor Contract)以下「MLC」という。(一九五七年一〇月一日発効)が締結されている。右MLC主文三条a項によると、B側は、アメリカ合衆国軍隊が日本国内において使用するため随時労務を要求する場合にはMLCに定める規定及び条件に従ってこれを提供するものとする旨決められており、また、MLC主文八条a項(1)によると「B側は、この契約に基づき提供される従業員の法律上の雇用主として、任命・常用従業員への変更・昇格・低い等級への変更・配置転換・異なる基本給表への変更・転任・出勤停止・雇用の終了その他従業員に対してとられるすべての人事措置を従業員に通告し、かつ、実施するものとする。」とされ、日本国がこれら従業員の雇用主となってその労務を米軍に提供することが定められている。右MLCの定めに基づき日本国が個々の従業員と雇用契約を締結し、これら従業員の雇用主となった以上、米軍にこれら従業員の労務を提供しているのである。

他方、MLC主文八条a項には、A側は、この契約に基づき提供される従業員の直接の監督・指導・統制及び訓練を行うことが明記されており、日本国に雇用されその労務を米軍に提供する従業員の職場での使用・監督はアメリカ合衆国軍隊が行っているのである。

そして、右のようにして日本国に雇用された従業員の身分は、「日本国との平和条約の効力の発生及び日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定の実施等に伴い国家公務員法等の一部を改正する等の法律」(昭和二七年法律第一七四号)八条により「国家公務員でない」とされ、給与その他の勤務条件は、同法九条二項によって「生計費並びに国家公務員及び民間事業の従業員における給与その他の勤務条件を考慮して、防衛施設庁長官が定める。」とされている。

防衛施設庁長官は、右規定に基づき雇用主である国の代表機関として、従業員の給与その他の勤務条件はMLC中の給与その他の勤務条件に関する部分によると定め、これを就業規則として労働基準法八九条に基づき原則として事業所ごとに各所轄の労働基準監督署に届け出ているところである。

そして、MLCにより米軍に提供される従業員の雇用、配置転換、昇格、低い等級への変更、解雇等の人事措置、給与の計算・支払等の実施事務は、防衛庁設置法の規定に基づき防衛施設庁長官の権限の一部を都道府県知事に委任する政令(昭和三七年政令第四一三号)により知事に委任され、さらに知事は渉外労務管理事務所を置いて、当該実施事務を渉外労務管理事務所長に委任している。

2  (原告の低い等級への変更と解雇)

MLCによって提供される従業員の職務は、その内容によって分類され、それぞれに職種番号、職種名が付され、その職務内容が定義され、適用されるべき基本給表及びその基本給表中の等級が定められている。

昭和四八年二月一日原告は、それまで格付けされていた職種番号七会計技術職(給与表(一)四等級)から職種番号三八一会計維持事務職(給与表(一)三等級)へと低い等級に変更された(以下「本件降格」という。)。

次いで同年六月三〇日原告は人員整理により解雇された(以下「本件解雇」という。)。

3  (低い等級への変更と解雇の不当性)

(一)ススム・オノの私的制裁

このように原告が四等級から三等級へ低い等級に変更され、次いで解雇されたのは、原告の所属していたキャンプ座間の米陸軍財政会計事務所会計部の次長であった米軍々属ススム・オノが原告に対し私的制裁を加えるため計画し、在日米陸軍座間基地の民間人人事事務所々員新藤恒一、同上田喜一郎、労管職員谷内祐二、同正岡一男及び被告所長らを教唆し、これらの者が共謀して実行した不法行為である。すなわち、昭和四五年四月頃オノは新藤に対し、「谷口を懲罰したい。」と相談し、新藤はこれに対し、「慎重にやる様に、」と忠告助言を与えた。そして、昭和四八年一月三日頃オノは上田に電話で原告を三等級に降格するように要請し、上田にその旨の人事措置要求書を作成させて労管に送付させ、被告所長は、所員の谷内、正岡らと共に、この要求が不当なものであることを知りながらこれを承認してその旨の人事措置通知書を二月一日の発効後五五日も経過した同年三月二七日になって原告に送付し、これにより原告が防禦手段を講ずる時間的余裕を奪い、その一週間後の同年四月四日に三等級の職位廃止による人員整理に原告が該当することを発表した。ところで、原告が降格される直前の昭和四七年一二月四日に湯原静枝が相模総合補給廠から財政会計事務所に転入し、即日三等級から四等級に昇格したが、同人は原告より六か月遅く在日米軍に就職したもので、その直後に先任者である原告を交替に三等級に降格するという異例不当な措置がなければ、三等級の職位廃止による人員整理の対象となるのは、原告ではなく湯原であったはずである。これら一連の人事措置は、原告に私的制裁を加えようとしたススム・オノに教唆された被告所長ら労管職員と民間人人事事務所員らの共同不法行為である。

(二) 合理的理由の不存在

本件降格は、その措置の前後を通じて原告の担当していた職務の内容には何らの変化もなかったのであるから合理的理由がなく、また原告より遅れて就職した湯原を昇格させるのと交替に原告を降格させたものであって先任権を無視した不当違法な措置である。そして、人員整理は、作業量の減少を理由として職位を廃止するというのであるが、原告の担当していた職務において作業量減少の事実はなかったから、合理的理由がなく、不当違法である。

(三) 苦情処理手続中の解雇

(1) MLC第一二章に苦情処理手続について規定され、その規定によれば、従業員は自己の雇用のいずれかの部面について不満があれば、苦情を申し立てることができ、その処理手続は四段階に分けられている。第一段階は直上監督者、第二段階は契約担当官代理者、第三段階は上訴担任契約担当官代理者、第四段階は契約担当官によってそれぞれ苦情に対する決定がなされる。決定に不服の場合、従業員は順次第四段階まで申立てをすることができる。

原告は、右規定により、前記(一)、(二)のとおり、原告に対する本件降格、解雇は不当であるから、人員整理を撤回するよう第四段階まで苦情申立てをした。決定はいずれも、これらの措置は相当であり、原告の苦情申立ては認められないというものであった。

(2) MLCの規定によれば、苦情申立てに対する決定は、第一段階では受理後六日以内、第二段階では申立書受領後一五日以内、第三段階では同じく七日以内、最終段階では同じく二一日以内になされて従業員に通知されることとなっている。

(3) 原告は第一段階の申立てを昭和四八年四月一六日に口頭で、同月二〇日に書面で提出したが、これに対し同年六月一一日付け回答を同月一二日に受けとった。第二段階の申立てを同月一九日に提出したところ、同年七月六日付け回答を同月一一日に受けとった。第三段階の申立てを同月一六日に提出したところ、昭和四九年三月二二日付け回答を同月三〇日に受けとった。最終段階の申請を同年四月五日に提出したところ、同年五月七日付け回答を同月一五日に受けとった。規定によれば申請開始から最終決定まで四九日で済むはずのところが、三八一日もかかったのである。

(4) 本件解雇の発効日は、昭和四八年六月三〇日とされていた。同年四月一六日に申し立てられた原告の苦情に対する処理手続は、規定どおり遅滞なく処理されれば解雇の発効日までには最終的に終了すべきであった。ところが、苦情処理は前記のように遅滞していたのであるから、被告所長は、その決着がつくまで、解雇の発効を延期すべきであった。予告された解雇の発効日までに、本来決着すべき苦情処理が遅滞しているのに、その結論をまつことなく解雇を予定どおり強行するのは不当であり、被告所長は、その裁量権を濫用したものである。

4  (被告所長による復職の確約)

昭和四八年七月一〇日被告所長の意を受けた労管所員谷内祐二は、原告に対し、責任をもって復職させる旨確約した。しかるに被告所長は、この約定を履行しない。

5  (請求)

よって原告は、

(一) 被告所長に対し、右約定に基づき、職場復帰、継続就労の契約義務を履行し、解雇無効に併せて右解雇当時の原状の職務待遇の保障される職場に戻すこと

(二) 被告国、同県に対し、民法七一五条、同七一九条に基づき、損害賠償として、連帯して

(1) 解雇時の基本給月額八万六一〇〇円、一年分としてその一四か月分一二〇万五四〇〇円、昭和四八年七月から昭和五七年一二月までとして九年六か月を乗じ一一四五万一三〇〇円

(2) 慰謝料五〇〇万円

(3) 右(1)、(2)の合計一六四五万一三〇〇円及びこれに対する昭和四八年七月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払い

をそれぞれ求める。

二  被告所長の本案前の申立ての理由

原告の被告所長に対する訴えの趣旨は、要するに原告が在日米軍施設労務者であることの地位確認を求めているものと思料されるが、在日米軍施設労務者の労働関係事務は、国の事務(地方自治法一四八条二項、別表第三)であり、被告所長は国の行政機関としての地位で右事務を行っているに過ぎないのであるから、本件訴訟について、被告所長は権利主体として当事者能力を有するものではない。原告の被告所長に対する訴えは不適法として却下されるべきである。

三  被告国、同県の請求の原因に対する認否

1  請求の原因1及び2の各事実は認める。

2  請求の原因3の事実について

(一) (一)(ススム・オノの私的制裁)の事実中、被告所長名の昭和四八年二月一日付け降格の人事措置通知書が、原告に交付されたこと、同年四月四日に人員整理の発表をしたこと、昭和四七年一二月四日湯原静枝が相模総合補給廠から財政会計事務所に転入し、即日会計技術職(給与表(一)四等級)に昇格したこと、原告が湯原より六か月早く在日米軍に就職したことは認める。ススム・オノの言動は不知。その余の事実は否認する。

(二) (二)(合理的理由の不存在)の事実中、人員整理が作業量の減少を理由とするものであったことは認める。その余の点は否認する。

(三) (三)(苦情処理手続中の解雇)の事実中、(1)は認める。(2)のうち、第三段階を除いては認める。第三段階は、申立書受領後六日以内に上訴担任契約担当官代理者は事案を現地苦情処理諮問委員会に付託し、委員会は、審問会を開いたうえ、同委員会の事実認定及び勧告を上訴担任契約担当官代理者に送付し、同代理者は、勧告書受領後七日以内に決定して、従業員に通知することとなっている。(3)のうち、原告の第一段階苦情申立書が昭和四八年四月二〇日付けで、第二段階苦情申立書が同年六月一九日付けで、第三段階苦情申立書が同年七月一六日付けでそれぞれ提出されたこと、第二段階の回答が同年七月六日付けで、第三段階の回答が昭和四九年三月二二日付けで、最終段階の回答が同年五月七日付けでそれぞれ出されたことは認める。その余の事実は不知。(4)の事実中、本件解雇の発効日が昭和四八年六月三〇日であることは認める。その余の主張は争う。

3  請求の原因4の事実について

昭和四八年七月一〇日原告が労管を訪れたことは認めるが、谷内が復職を確約したことは否認する。原告は退職手当支給申請書を提出しに来たものである。

四  被告らの主張

1  低い等級への変更について

MLC第3章1は「この章は、職務及び責任に基づいている各職位間の公平な関係を維持するため、格付け及び基本給制度を定めるものとする。この制度において、職種名及び等級の規定されている職務定義は、割り当てられた職務及び責任に一致することを要するものとする。」と規定し、更に、同章2において「附表1「職務定義書」(以下「定義書」という。)は、職種名、基本給表、等級及び語学手当の級別を定めており、これらは、割り当てられた職務が定義書に定義されている職務と一致するとき、各職位に適用することを認められるものとする。」と規定している。

そして、現実に従事している職務内容は定義書に定義されている職務と一致しているのが通常である。

しかして、現実に従事している職務内容と定義書に定義されている職務とが一致していない場合もあるのでそれが一致しているか否かについての調査すなわち、職位給与管理調査が、適宜、A側によって実施されているところ、右調査の結果如何によっては、昇格・低い等級への変更・配置転換等の人事措置(MLC主文第八条a・第二章)が行われることになる。

会計技術職(基本給表1・職種番号7・等級4)の主な職務内容は、複式簿記で運営され、かつ、資産、債務、収入、経費及び資本又は所有権の勘定を含む既定の会計制度の維持に関して、非専門的な会計作業を行うのであるが、仕事には、将校クラブ、ポストエクスチェンジ等の中程度の機構における会計制度全体について細かい知識を必要とするものである。

会計維持事務職(基本給表1、職種番号381・等級3)の主な職務内容は、書類の検証・分類・調整・陳述書及び報告書の作成・記録の保存等のうちいずれか一つ又はそれらの組み合わされたもので、単純な業務である。

原告は、右の会計技術職に格付けされていたが、A側が実施した職位給与管理調査の結果、原告は、会計維持事務職(基本給表1・職種番号381・等級3)の職務のみに従事しているにすぎず、右職位に格付けされるものであることが判明した。

MLC主文八条「人事管理」によれば、従業員に対する人事措置(ただし、人員整理・保安解雇・制裁解雇は人事措置に含まれない。)は、日米両当事者の相互の合意に基づきとられ、B側はMLCに基づき提供される従業員の法律上の雇用主として従業員に対してとられるすべての人事措置を従業員に通告し、実施することとなっている。

原告が所属していた会計部基金運用課のスギノ課長は、右調査の結果、原告を職種番号三八一会計維持事務職(給与表(一)、三等級)に変更することを発議し、契約担当官代理者K・ベネットがこれを承認し、労管に対し、その旨の人事措置を要求した。

被告所長が座間地区の契約担当官代理者から受理した昭和四八年二月一日発効の人事措置要求書によると、本件低い等級への変更の理由が「順位給与管理調査の結果に基づき」となっているので、被告所長及び労管の担当職員が座間民間人人事事務所(米軍の人事課で、駐留軍従業員の人事に関する事務を司どる事務所)に赴き契約担当官代理者及び同事務所の担当者から職位給与管理調査の結果について聴取したところ、原告が実際に従事していた仕事の主な内容が補給部隊から送付される補給品目と伝票との喰違いに関する報告書について、報告書の整理・検討及び補給部隊との連絡を行なうことであり、この仕事の内容は、MLC附表1の職務定義書中の会計維持事務職の職務定義に該当する、との説明を受けた。

被告所長は、職種別賃金制を給与体系の基調としているMLCにおいて、仕事の内容に応じて職種を定めるのは当然であるから原告の仕事の内容と原告が格付けされている職種との喰違いを是正することは合理的であると考え、右契約担当官代理者の人事措置要求書に同意し、民間人人事事務所を通じて原告に人事措置通告書を送付したのである。

2  人員整理について

MLC主文八条人事管理cは、人員整理について、「A側は、人員整理手続により整理すべき従業員の数及び職種を決定するものとする。」として、その数・職種の決定権がA側にあることを明記し、その詳細はMLC第一一章「人員整理」に定められている。

その規定を要約すると、人員整理は、通常、予算上の制限・人員過剰又は機構の変更に基づき、競合地域(人員整理の単位としてあらかじめ指定された一組織体又は組織体の一群―MLC第一一章1b参照)を閉鎖し、又は競合地域内の競合職群(一競合地域内の同一の職種名及び等級のすべての職務―MLC第一一章1c)における人員の総数を減少させる必要がある場合に限り、人員を削減するため、従業員の雇用をその意思に反して解除することをいう(MLC第一一章3・1)。

もっとも、それは従業員の生活にも重大な影響を及ぼすことであるので、前記のとおり人員整理しうべき事由が限定されているほかMLC上慎重な配慮がなされている。即ち人員整理すべき数・職種の決定については、A側はできる限りB側にその理由を通知し雇用安定のため事前の調整を図るべきこと(MLC第一一章6)、人員整理は最小限度たるべくそのためA側・B側両当事者間で調整がとられるべきこと(MLC第一一章4)などが定められている。また、人員整理の基本的基準として勤続年数の長さの逆順によるべきこと(MLC第一一章5)とされている。このようにMLCは、人員整理が必要最小限の範囲において、かつ、公平に実施されるべきものであることを明らかにしているのである。

なお、人員整理のための手続もMLC第一一章に規定されており、これによると、B側はA側から人員整理要求書を受理した後、七日以内に勤続年数の長さ順に従業員を列記した在籍者名簿を作成して整理対象者を明らかにし、在職者名簿は人員整理通知書発出日の少なくとも七日前には全従業員が見ることができるような部隊の掲示板に掲示すべきこと(MLC第一一章6b)、B側は、人員整理に先立ち退職希望者を募集し受理すべきこと(MLC第一一章6c)、その上で退職希望者の数が人員整理対象者の数より少ない場合に残りの数に等しい数の人員整理通知書を発すべきこと(MLC第一一章6d)など一連の手続が定められている。そのほか解雇予告(MLC第四章B節1)解雇手当(MLC第一一章6F)その他の給付(MLC第一一章7)等の定めがある。

昭和四八年二月一二日付け太平洋米陸軍一般命令第五〇号によりキャンプ座間米陸軍財政会計事務所で雇用されている間接雇用外国人一二七名を削減して部隊の再編成措置をとるべき旨の命令があった。

A側は右命令にしたがい、同年三月二三日付けで人員整理要求を発議し(MLC第一一章6)、被告労管所長は、同月二八日A側から右人員整理要求書を収受したのであるが、その内容は次のとおりである。

整理年月日 昭和四八年六月三〇日

整理理由 作業量の減少

整理該当職場・職種・人員

合衆国財政会計事務所キャンプ座間・会計部

統制課・会計技術職(基本給表1・職務番号7・4等級) 一名

会計維持課・会計技術職(基本給表1・職務番号7・4等級) 一名

基金運用課・会計維持事務職(基本給表1・職務番号381・等級3) 二名

人員整理は、通常、予算上の制限、人員過剰又は機構の変更に基づき、競合地域を閉鎖し、又は競合地域内の競合職群における人員の総数を減少させる必要がある場合に限り行われるものである(MLC第一一章3)。本件における人員整理は部隊の再編成といういわば機構の変更に基づくものであり、また作業量の減少という理由は人員過剰の原因を示したものであるから、人員整理の必要性がある。そして、人員整理すべき従業員数及び職種の決定権は一方的にA側にある(MLC主文第8条c、第一一章6)。したがって、被告所長は、A側の前記内容の人員整理要求に同意したのである。

被告所長は、MLC第一一章六bの規定に基づき、同年四月四日当該職場に人員整理の掲示を行った。

ところで、当時、会計維持事務職(基本給表1・職務番号381・等級3)に格付けされていた従業員は、原告ほか一名の会計二名だけであったため、両名が、人員整理の対象となったものである。被告労管所長は、同年五月二七日、原告に対し、人員整理通知書(解雇予告)を手交し、原告は、同年六月三〇日人員整理により退職したものである。そして、本件人員整理の発効日までの間に、労管は、原告に対して、他職場の空席状況を掲示し応募を勧めたが、原告は、職場上司の意図的な一連の行為は承服できないとして、MLC第一二章「苦情処理手続」により原級回復を要求し、併せて同職場の労務政策を改めさせるため、転任等は考えていないと拒否したので、労管は、止むを得ず他職場へのあっせんを断念したものである。

なお、B側としては、従業員が米国軍隊の撤退、移動、部隊の縮少、予算の削減、業務量の減少等に伴い離職を余儀なくされる実情にかんがみ、当該従業員に対し特別給付金を交付することによりその生活の安定に資することとしているのである(駐留軍関係離職者等臨時措置法((昭和五三年四月二八日法律第三四号による改正前のもの))一五条一項、同法施行令第九条一号)。

同年七月一〇日に原告から被告所長宛退職手当等支給申請書が提出されたので、同所長は、同年七月二六日に退職手当金三四四万八八六〇円を支払った。また、原告に対し、昭和四八年度中に、前記駐留軍関係離職者等臨時措置法に基づく特別給付金二四万四〇〇〇円が支払われた。

3  苦情処理手続について

苦情処理手続については、MLC第一二章に規定されているが、苦情を受理し、決定するのは、直上監督者、契約担当官代理者、上訴担任契約担当官代理者、契約担当官であって、すべてA側であり、「A側の権限外の事項に関する苦情は、受理されない。」(MLC第一二章1c)。B側としてこの問題に関与するのは、第三段階苦情処理決定書の写の送付を受けたときに、その内容を初めて知る仕組になっている。

4  以上のとおり、本件に関する低い等級への変更、人員整理は、原告と被告国との雇用関係を律するMLCの規定に従ってそれぞれ適法に行われたものであり、原告を人員整理するために低い等級に変更したというような事実はない。

第三証拠(略)

理由

一  被告所長に対する請求について

被告所長は、行政機関であって、権利の帰属主体ではないから、これに対して雇用契約上の義務の履行を求める訴えは不適法である。

二  被告国、同県に対する請求について

1  請求の原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

2  請求の原因3において、原告は、本件降格及び解雇が会計部次長であった米軍軍属ススム・オノによって原告に私的制裁を加えるために企てられ、労管職員、民間人人事事務所職員らによって実行された共同不法行為であり、正当な理由なく、被告所長が裁量権を濫用して行ったものであると主張するので、この点について検討する。

(一)  (証拠略)によると、昭和四五年四月原告の所属する財政会計事務所会計部において会計部内訓練評価試験が実施されたが原告は受験を拒否したため、同部次長ススム・オノは原告に対し、組織の業務向上に協力するため同試験を受験するように書面で勧告したこと、しかし、原告は試験の意義を否定し、勧告に応じなかったことを認めることができる。

(二)  本件降格及び解雇の経緯についてみるに、(証拠略)によれば、本件降格は、職位給与管理調査の結果原告の現に担当している職務が、MLC附表1の職務定義書の定義に適合しないことが判明したので、これを適合させるために行われ、本件人員整理は、昭和四八年二月一二日付け太平洋米陸軍一般命令第五〇号によりキャンプ座間米陸軍財政会計事務所で雇用されている間接雇用外国人一二七名の内四名を削減して部隊の再編成措置をとるべき旨の命令に基づいて行われ、いずれもMLCの規定に従い、適法な手続によって実施されたことを認めることができる。

(三)  右(二)の事実によれば、本件降格及び解雇が、正当な理由なく行われたものということはできない。そして右(一)の事実によれば、ススム・オノが原告に対し好感を抱かなかったであろうことは推認に難くないが、それだけで本件降格が人員整理を見越して行われたものであり、本件解雇が、ススム・オノの原告に対する個人的制裁計画の実現であると直ちに推認することはできず、他にそのような推認の根拠とすべき具体的事実を認むべき証拠はない。

(四)  次に苦情処理手続が係属中に本件解雇が行われたことが、被告所長の裁量権濫用にあたるとの主張について考えるに、MLCは基本的に地位協定一二条四項に定められる現地の労務に対する「合衆国軍隊の需要」を充足するために締結されたものであり、MLC主文三条a項によると、B側は、アメリカ合衆国軍隊が日本国内において使用するため、A側が随時要求する場合に、従業員を提供するとされていること(以上の点は当事者間に争いがない。)。MLC第一一章人員整理6手続の項に「人員整理要求は、A側が発議し、B側が実施するものとする。」(〈証拠略〉)と定められていること、本件人員整理は、前認定のとおり、太平洋米陸軍一般命令第五〇号の部隊再編成命令に基づいて要求され、実施されたこと、他方苦情処理手続については、MLC第一二章に規定されているが、それはA側によって管理される手続であって、B側に対しては、第三段階及び最終段階の決定書の写し各一部が送付されることになっているにすぎない(〈証拠略〉)こと、以上の各事実から考えると、労管所長に、人員整理について一般の直接雇用主における程の裁量権があるとはいえず、昭和四八年六月三〇日当時原告の申し立てた苦情の処理が最終的決着をみていなかったことは当事者間に争いがないが、これを理由として解雇発効延期の措置をとらなかったことが、被告所長の裁量権を逸脱し、これを濫用したものと認めることはできない。

3  請求の原因4(被告所長による復職の確約)の事実については、これを認めるにたりる証拠はない。

三  よって、原告の被告所長に対する訴えは、不適法であるから却下し、被告国、同県に対する請求は、いずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石悦穂)

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